ぎょむ?
フランス人が、野菜のネギにあたる英語が分からなかったとき、”the vegetable which one of pokemon is holding…”って説明して、多国籍なその場のみんなに一瞬で通じてた。
Twitter / @shiori (via diphda)
バンディ氏は「このヒーラーの女性は、特別な治癒能力を持っていると主張していた。そのため隣国ギニアからエボラウイルスの感染者たちが彼女の治療を受けようとシエラレオネに入ってきた」と話した。また「本人は(エボラに)感染して死亡した。そして彼女の葬儀に集まった近隣の町の女性たちが感染した」とも付け加えている。

市職員に罵声を浴びせ、委員会室のドアや壁を叩き続けるなど、傍若無人の振る舞いを続けた。

 「地元の人は賛成の人ばかりなのに、反対の活動家が押し寄せ『市民の声を聞け』と拡声器で怒鳴り立てる。こっちの方言ではないので、県外から来ているのでしょう。地元のマスコミは県外の活動家の声ばかり報道して、私たち市民の声は報じないんですよ」

 市内で喫茶店を営む30代の女性は、反原発派とマスコミの態度に憤った。

「位置登録ゲームユーザー憧れの”小笠原”で位置登録をしたい」
私の同僚達は1000歩譲って、彼の話しが本当だとしても、ノーベル賞受賞のキッカケになる研究の機会を与えてくれた日本企業に対するAnger(怒り/恨み)が研究のエネルギーになっているなどというふざけた内容を世界中の人々が観ているノーベル賞の受賞会見で発言するのはノーベル賞受賞者を汚すような品格のない行為であると皆は口を揃えて言う。
ノーベル賞を受賞するような科学者は人種を問わず、世界中の子供達が憧れるものであり、ああいう日本人を自分達の子供が真似したら将来にとんでもない世の中になってしまうと言うのだ。
あんな恨みを人前で言うノーベル賞受賞者を今まで観たことがないと同僚達は言う。
なぜか、ヘイトスピーチとかいう話が出てます。
普通に考えればヘイトスピーチと朝日新聞バッシングは全く別物なんですが、
動いているのは同じ連中だと自分で白状しているようなものです。

あと、香山リカの言う
 「自分以外に敵を作り徹底的に叩く病」
これなんてまさに朝日新聞のやってきたことですね。


朝日新聞としては自分達を被害者にすることで
朝日バッシングを止めるどころか朝日バッシングする連中こそ敵
ということにしたいのでしょうし、
少なくともこうして擁護に立ち上がったかのように見える連中が
主張しているのはまさに朝日新聞がいままでやってきたことです。

そういえば北朝鮮の核開発によって
日本国内で北朝鮮や朝鮮総連への批判が出てくると
途端に「チマチョゴリ切り裂き事件」が起きるようになりました。

なぜか登下校中で朝鮮学校および関係者だけが大量に目撃していて、
しかも日本全国各地で発生したというものなのに
犯人は全く捕まらない事件です。
朝鮮総連は124件も起きたと主張しています。

そして1994年5月6日号の雑誌マルコポーロに
当時フリーライターだった金武義氏が
チマチョゴリ切り裂き事件が自作自演である事を暴露する記事を書きました。
その翌年、金武義氏はアパートの自室で不審死しています。
(このとき取材ノートが行方不明であることが確認されているとのこと)

このチマチョゴリ切り裂き事件について
当初から胡散臭さが見透かされたためか
当初は全国紙がみな報じていたのですが、
程なくして朝日新聞だけが報じるようになり最後まで報じ続けたのが朝日新聞でした。

しかしながら金武義氏の取材により
朝日新聞は朝鮮総連による発表をそのまま記事にしていた事が裏付けられ
それが前述の自作自演暴露記事へと繋がります。

朝日新聞と北朝鮮の繋がりの強さがわかると思います。

朝鮮半島が日本に対して政治介入する口実を
数々の捏造記事によって作ってきた朝日新聞の動きを考えれば
朝日新聞はずっと以前から中国共産党や北朝鮮と結びついていたのかもしれません。
の中村教授のようにアメリカ国籍に帰化した「移民一世」がノーベル賞を受賞するのは、珍しいことではない。ジョージ・メイソン大学の調査によれば、1901年から2013年までにノーベル賞を受け取った米国籍保持者のうち、移民一世が30.7パーセントを占めているという。日本出身の米国籍受賞者も、中村教授が初めてではない。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎教授がいる。
少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

伊丹万作『戦争責任者の問題』(青空文庫)

1946年に書かれたもの。

(via h-yamaguchi)

私は中途組なので、直接の接点は少ないのですが、今年(2014年4月)の新卒入社の新人と一緒に仕事をしていて思うのは、会社支給のパソコンが中古PCになっている人がいて、かわいそうだな、ということです。中古PCは、ボタンが反応しなかったり、メモリが不足したりして大変そうです。

 一応はIT企業なのに、その重要な仕事道具で、それはないだろう、と。そこまでコスト削減するのは、どうかと思います。そういう環境で仕事をしたいのか、入社を検討している人は、考えるべきでしょう。

 新入社員については、有名な話ですが、漏れなく「楽天カード申し込み30人獲得」のノルマが課され、親兄弟からバイト先まであたって、クレジットカードを作らせます。中途でも、金融系の部署だとノルマを課されます。

 しかも、そのカードを作ったあとに、ちゃんと申込者がそのカードを利用したのか、までチェックされます。使っていないと、それは獲得したことにならず、ノルマが戻ってくるんです。コード番号が振られ、使用状況を管理しています。ちょっとあのやり方には、引きますね。

海上保安庁の潜水士の敬礼は宇宙戦艦ヤマト乗員と同じ。 偶然ではなくヤマト好きが潜水士にいて広まったのだそうです。